認知機能維持研究レビュー

高齢者における血漿リン酸化タウおよび神経フィラメント軽鎖と認知機能低下リスク:最新研究レビュー

Tags: 神経内科, 認知症, バイオマーカー, 血漿タウ, NfL

はじめに

高齢化が進む現代社会において、認知機能の維持は公衆衛生上の重要な課題です。アルツハイマー病(AD)に代表される認知症は、患者さんの生活の質を著しく低下させるだけでなく、介護負担や医療費増大にもつながります。認知機能低下や認知症の進行を遅らせるためには、早期の診断と適切な介入が不可欠ですが、現状では侵襲的な検査や高コストな検査が求められる場面も少なくありません。

近年、血液中のバイオマーカーを用いて神経変性やアミロイド・タウ病理を反映する試みが活発に行われています。中でも血漿中のリン酸化タウ(p-tau)や神経フィラメント軽鎖(NfL)は、その簡便性から注目を集めています。本稿では、高齢者におけるこれらの血漿バイオマーカーと認知機能低下リスクに関する最新の研究成果をレビューし、日々の臨床への示唆について考察します。

研究概要:血漿バイオマーカーと認知機能

最近発表された大規模な前向きコホート研究では、複数の医療機関から募集された健常高齢者および軽度認知障害(MCI)の高齢者を対象に、ベースライン時の血漿p-tau濃度(特にp-tau181やp-tau217など)と血漿NfL濃度を測定し、数年間の追跡期間における認知機能の変化や認知症の発症リスクとの関連が検討されました。

研究デザインは、認知機能評価尺度(MMSE, CDRなど)、神経心理検査バッテリー、MRIによる脳容量測定、一部対象者にはアミロイドPETやタウPETが実施される多角的なアプローチが取られました。血漿バイオマーカーの測定には、高感度な免疫測定法(Simoa法など)が用いられています。

主要な研究結果

本研究レビューで焦点を当てる最新の研究からは、血漿p-tauおよびNfLに関して、以下の主要な結果が報告されています。

考察と臨床的意義

これらの最新研究成果は、多忙な神経内科医の先生方の日々の臨床にいくつかの重要な示唆をもたらします。

まず、血漿p-tauは、ADの主要な病理であるアミロイド病理を非侵襲的に評価するための有望なツールとして位置づけられつつあります。アミロイドPETや脳脊髄液検査は依然として確定診断や臨床試験でのゴールドスタンダードですが、これらを全ての患者さんに行うことは現実的ではありません。血漿p-tau測定がスクリーニングやリスク層別化に利用可能となれば、検査が必要な患者さんを効率的に選定できる可能性があります。MCIの患者さんに対して、血漿p-tau高値であれば、より積極的にアミロイド病理の精査を検討するといった臨床判断の一助となるかもしれません。

一方、血漿NfLは、ADに特異的ではありませんが、神経変性全般の進行を反映するマーカーとして重要です。ADのみならず、血管性因子、炎症、その他の神経疾患など、様々な原因による神経障害の活動性を示す可能性があります。血漿NfLをモニタリングすることで、認知機能低下の進行リスクを評価したり、介入の効果をモニタリングしたりするための補助情報として利用できる可能性があります。

これらの血漿バイオマーカーは、単独ではなく、臨床情報(病歴、神経所見、認知機能検査結果)、画像情報(MRIなど)、そして将来的には他の血液バイオマーカーと組み合わせて評価することが重要です。例えば、血漿p-tauが高値でNfLも高値であればADの可能性とそれに伴う神経変性の進行が強く疑われますが、p-tauは正常でNfLのみ高値の場合は、血管性要因や他の神経疾患も鑑別診断として考慮する必要があるでしょう。

臨床応用に向けては、まだいくつかの課題が残されています。測定系の標準化やカットオフ値の設定、他の疾患による上昇との鑑別など、さらなる大規模な検証研究が必要です。しかし、これらの血漿バイオマーカーが将来的に、外来診療における認知機能低下のスクリーニング、MCI患者のリスク評価、さらには疾患修飾薬の対象患者選定や治療効果判定マーカーとして活用される可能性は非常に高いと考えられます。

まとめ

高齢者における血漿リン酸化タウ(p-tau)および神経フィラメント軽鎖(NfL)に関する最新研究は、これらの血液バイオマーカーが認知機能低下リスクの評価や神経変性の把握に有用であることを強く示唆しています。血漿p-tauはADのアミロイド病理を反映する可能性があり、MCIからのAD型認知症への移行予測に有望です。血漿NfLは神経変性全般を反映するマーカーとして、認知機能低下の進行と関連します。これらの非侵襲的なバイオマーカーは、将来的に神経内科診療において、診断補助、リスク評価、病状モニタリングなどに広く活用される可能性を秘めており、今後の臨床実装に向けた研究の進展が期待されます。

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